日も暮れて、市ヶ谷から千鳥ヶ淵、半蔵門、そして四ツ谷へと歩いた。途中、半蔵門から四ツ谷へ向かう新宿通りの右側、ビジネス街の真ん中に、間口の小さな角打ちらしき店が目に入った。享保元年創業とある「地酒 いづみや」だ。立ち止まって様子をうかがっていると、中からほろ酔いのスーツ姿のアラフィフ男性が出てきて、「ここはいいよ。見たことない酒が置いてある。入りなよ」と背中を押してくれた。
ガラスの自動ドアの向こうには、両側にカウンターを配した小さな店内。左側には店主がワンオペで立ち働いている。「初めてかい」と声をかけられ、そうだと答えると、店のルールを簡単に説明してくれた。黒板メニューには、栄光富士愛山、喜多屋、神渡山恵錦、初孫魔斬、誠鏡、桂月、李白やまたのおろち、天の戸吟泉・美稲、にいだしぜんしゅ、裏雅山流怜華、蓬莱蔵元の隠し酒番外など、銘酒がずらりと並ぶ。肴は乾き物が中心だが、イカ塩辛、ゆず大根、佃煮三品盛りなど、手頃なつまみもそろっている。岐阜「蓬莱生酒手作」を半合グラス(540円)で頼んだ。店主によれば「ここに書いてない酒も冷蔵庫にあるから、声をかけてね。つまみは乾物だけ。ぶら下がっているのを現金と交換で」とのこと。
客層は近隣で働く30~50代の男性が中心だが、ひとりで静かに飲む常連らしき女性の姿も。下町の角打ちとは違い、インテリアも客層も品が良く、それでいて居心地の良さが際立つ。今の形になって10年余りだが、酒屋としての歴史は享保までさかのぼり、角打ちは先代から続いているという。さらに店では「いづみや鮨酒会」というイベントも不定期に開催されており、「連続参加は3回まで(年8回まで)」というルールがある。多くの人に楽しんでほしいという店主の配慮だろう。いつかぜひ参加してみたい。思いがけず、いい店に出会った。(似内志朗)




