AIが人々の生活に自然となじみ始めた時代に、人の「一手」はどこに宿るのか。相撲の十一月場所を眺めていると、勝敗を分けるのは力の差よりも押すか引くかを決める一瞬の〝間合い〟であることに気づかされる。統計で勝率を読めても、相手の気勢や迷いを察知するのは人間の勘と情だ。
▼不動産の売買仲介も、この構図に重なる。AIは査定もレコメンドも精緻にこなすが、顧客が本当に動く瞬間、すなわち「この人に任せよう」と決める瞬間は数値の外側にある。営業担当者のまなざしや声の温度、押し引きの呼吸が信頼のベースをつくる。押しすぎれば逃げられ、引きすぎれば機を逃す。相撲が示唆する〝押し〟〝引き〟の妙は、営業の真髄とも言えるだろう。AIが得意とする比較や最適化の〝正解〟だけでは、顧客の心は動かない。
▼今や「推し活」「応援文化」が生活に広がり、AIが〝あなたの推し〟を提示する仕組みも登場している。しかし、真に人を動かす「推し」は、演算の向こう側にある〝人そのもの〟の魅力だ。不動産の現場でも、迷う顧客に寄り添い、背中をそっと押せる担当者こそが選ばれる。信頼は、技術よりも姿勢から生まれる。
▼AIが最適解を示すほどに、人は共感や納得といった非数値の価値を求めるようになる。市場を動かすのは、最後は人の手の温度だ。AI時代の「推しの一手」は、やはり、人でありたい。




