高円寺北口を出て左側、阿佐ヶ谷方面へと続く、飲食店や風俗店などがぎっしりと並ぶ中通り商店街(セントラルロード)に入って、すぐ右手に「たち飲み 七助」と書かれたひときわオンボロな飲み屋がある。店名の書かれた黄色い安手のテントは破れかけており、縄簾は客を拒んでいるようだ。創業して20年余りというが、もっと古そうな印象だ。扉を開けると数十年前にタイムスリップしたような空間、壁面に取り付けられて幅の狭い木製カウンター、焼き鳥の煙で飴色になった壁と天井も悪くない。一見して偏屈そうなオヤジが、小さな厨房の中からテレビのバラエティーを見ていた。隣では職場の後輩に釣った魚の自慢をするシニア、壁に向かってぶつぶつ言いながら酒を飲む中年の男……。「昭和」がここには残っている。
壁に掛かった古びたメニューを見れば、刺し身が中心で破格に安い。さんまタタキ、ピンチョーマグロ刺し、イワシ刺し、カツオ刺し、赤貝刺し、ホッキ貝刺し、ネギトロ、しめ鯖が、いずれも300~350円。厚揚げ、きゅうり、やっこ、キムチ、板わさ、チーズ、さば塩焼き、カツオ納豆、雌株納豆、みがきにしん焼きなどが200~350円。
地酒は、高清水(秋田)、黒龍(福井)、浦霞(宮城)が400円。生ビール、菊正宗(一合280円、一合450円)、焼酎(麦、芋)、酎ハイ、各種サワー類、赤ワイン、シークワーサーなど一通りそろえている。この値段でこの店構えだと刺身の鮮度が心配になるが、キチンと美味いのには驚かされる。オヤジは20年以上板前として勤めた経験があるそうだ。この日は黒龍一合、さんま刺、ピンチョーマグロ刺。頼むとすぐに出てきた。会計は1100円。帰りがけにオヤジに訊いた。「どうして七助っていうんですか」「娘の名前なんだ」「ナナさんですか」「そうだ」と言う。「じゃあ僕の娘と同じ名前ですね」と言うと、偏屈オヤジの顔が一瞬緩んだ。(似内志朗)