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酒場遺産 ▶95 新宿ゴールデン街 こどじ 残された「現代の秘境」

 仕事を終えた夜、新宿ゴールデン街のバー「こどじ」に立ち寄った。3年ぶりだった。300軒近くの店がひしめく新宿ゴールデン街の一角にあるこの店は、写真家が集まるバーとして有名で、訪日の海外写真家も寄っていくという。2階へ登る狭い階段と、幅1.5m・奥行き3.5mほどの極小店舗の壁・天井は全て写真で埋め尽くされている。壁面スペースは1~2週間ごとに写真展に貸し出されており、この日は知人の写真家の個展に立ち寄ったのだ。この店のママ 岡部文さん(写真家)から「こどじ」の名の由来を教えてもらった。1975年、現在90歳となるオーナーである「お姉さん」こと小野重子さんが、この街区の一角に「どじ」を開店させたが、その後、演劇人だった弟の生計の足しにと、現在の場所に「こどじ」(小さな「どじ」)を開いたという。既に店主(弟)は亡くなったが、7-8人も座れば一杯となるこの店には、岡部さんの人柄に惹かれ、国内外の写真家や写真愛好家が夜な夜な集まる。楽しく居心地の良い店だ。チャージ(つまみ付)、ビール、日本酒、ウイスキー、ジン、日本酒(大平山)、焼酎、泡盛などはいずれも800円、ワインはボトル3500円と手頃だ。

 新宿ゴールデン街の歴史に少し触れたい。戦後混乱期に新宿駅東口に広がっていた闇市がGHQの闇市撤廃命令で移転を余儀なくされ、その代替地としてあてがわれたのが三光町、今の新宿ゴールデン街である。当時は飲食店を装った違法売春が行われていたが(青線)、1958年売春防止法施行により廃業、その後、300近くの飲み屋が集積する2階建てのバラック建築が、何本もの狭い路地に面して建つ現在の形になった。それぞれの店は3坪か4.5坪と狭く、カウンターに数人並べば満席となる。この街区に多くあった文壇バーは、作家・ジャーナリスト・編集者らが集まる場だった。中上健次、佐木隆三など多くの作家たちが常連だったという。その後、バブル期の地上げ、保存運動、ゴーストタウン化、若手経営者進出など紆余曲折を経て、現在は外国人観光客や若い人たちに人気のスポットとなった。かつての危険な匂いはない。令和日本に残された「現代の秘境」新宿ゴールデン街、訪れたことのない方も一度足を踏み入れてはいかがだろうか。(似内志朗)