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酒場遺産 ▶97 新橋第一ビル 酒処しずか 小一時間で勘定は千円札1枚

 新橋での待ち合わせ時間よりも1時間早く着いてしまい、新橋東口の駅前第一ビル地下を彷徨っていたら、これまで入ったことのない幅1㍍ほどの路地を見つけた。極小スナックが6軒ほど並ぶが、「酒処 しずか」に入ってみた。老女将がひとりで切り盛りする二坪ほどの店だ。入口に「席料をいただいています」と書いてあったので、念のため「おいくらですか」と尋ねれば、「席料というより、飲み物とちょっとしたつき出しで1000円いただいています」と言う。開店間もないカウンターにひとり座り、品がよく人柄の良さそうな女将の話を聞けば、65歳でこの店を始めてから17年、いま82歳だという。それまで主婦をしていたが、隣の「酒菜しずか」の女将歴25年の娘から言われ、閉じることとなったこの場所にあった店を継ぐことにしたという。女将は「娘だけど、この道では先輩なんです」と言う。この「酒処しずか」(おかあさんの店)と隣の「酒菜しずか」(娘さんの店)は、「母娘の酒場」として知られている。

 5人も座れば満席になるカウンターは居心地がいい。スーパードライ小瓶とサラミ、生姜の酢漬け、エンドウ豆、スナック菓子などを出してくれた。女将は月曜から金曜まで、自宅の池袋から通勤しているという。「いつお迎えが来るか分からないけど、それまでこの店をやるつもり。毎日、お客さんとお話しするのが楽しいのよ」、「安すぎるからもっと値上げしたら、と常連さんは言うけれど、こうして店を続けられればいいの」と話してくれた。小一時間で店を出たが勘定は1000円札1枚。こんな酒場があれば、年金暮らしになっても毎日楽しむことができそうだ。新橋駅前第一ビル、第二ビル、そして駅西口のニュー新橋ビルは、戦後の闇市や飲食店に所有権を与え再開発ビル地下階に収容し、上階のオフィスビル建設を行った1960年代の「区分所有市街地再開発事業」の一環だった。駅前ビル地下階の酒場群は、建て替えの難しい区分所有という防波堤に守られ、奇跡的に70年近く存続した「昭和」の小宇宙である。まさに「酒場遺産」の名に相応しいが、ここにも再開発の手は着々と伸びている。この魅力あふれる酒場たちに、あとどれほど通うことができるだろう。(似内志朗)